レスポンシブ広告2

受験勉強に意味はあるのか?

最終更新日2018/12/28 約7200字

最終更新日2019/01/11 約8500字 ※誤字脱字の訂正。内容を若干修正、追加。

こんにちは凡人です。

ついに今年も終わりを迎えますね~。時の流れは速いものです。受験生も最後の追い込みの時期に入っていることでしょう。油断せずに頑張ってください。

さて、今回の記事は受験勉強や学校での勉強をしていくうえで誰でも一度は思うであろう「勉強をする意味」について書いていきます。(受験勉強中心に書きます)

「受験って意味あるの?」ってかつて私も思っていたので、今回は高校生の私に話すつもりで書きます。

なので現在進行形で、こんな感じの悩みor疑問を持っている受験生には是非読んで欲しいです!

目次

  1. 受験勉強が役に立つかは誰にも分からない
  2. やらなきゃいけないから悩んでるんじゃない?
  3. やらない理由とやる理由
  4. 受験勉強に意味があるかは人それぞれ
  5. 「好きなことで生きていく」にも勉強は必要
  6. 好きなこと「しか」出来ない人は成長しない
  7. 勉強とは?
  8. 最後に。人生どっかで頑張らないといけない

※勉強でやる気が出ない時の対策法はコチラ!

「東大生が実践した勉強のやる気が出ない時の15の対処法」

受験勉強が役に立つかは誰にも分からない

受験勉強は多くの人にとっては大変で苦しいことでしょう。勉強が好きではない人にとっては、勉強というのは「好きじゃないこと、やりたくないこと」です。

受験勉強では時として、細かすぎる歴史上の事項や人物名や、日常生活ではまず使わないであろう難解な数式を暗記したりする必要が出てきます。

「こんなことやって将来何の役に立つんだ?」「何でこんな好きでもないことやらなきゃいけないんだ」と思ったものです

正直に話すなら、歴史上の細かい人物名を覚えたり、難しい計算が出来るようになったところで後々役に立たない可能性は大いにあると思います。(まだ受験が終わってから1年も経過してないので後々使う場面もあるかもしれないけど)

受験勉強以降、一生使わない知識も覚えるかもしれません。

ですが、一方で「受験勉強で覚えた知識の全てが無駄になる」わけでもありません

私の場合だと、「世界史なんて覚える必要ねーだろ!」って受験勉強中ずっと思っていましたが、昔の映画とか見る時に時代背景が分かったり、国際的なニュースの背景が分かったりと、世界史を勉強していなかったら知ることができないことが沢山ありました。

(特に世界史だと現代史は今にバリバリつながっているので常識として覚えておいて損は無いと思います。)

受験勉強をしている時には、こんな風に世界史の知識が役に立つなんて考えもしませんでした。
また、時間管理の感覚や目標達成のための長期的なプランの立て方も受験勉強を通して学ぶことが出来ました。

ちなみにこれらのスキルは受験勉強以外のあらゆることに応用出来ます。(たとえば私の場合だと運動系の部活動で役に立ちました)

受験勉強をする前にはこんなスキルが身につくなんてことは想像すらしませんでしたね。

そもそも、

今まで出来るようにしてきたこと、覚えてきたことが

「無駄かどうか」「将来使うか使わないか」

なんてことは誰にも分からないんです。だって、未来は誰にも分からないんだから。

悲しいことに人間の能力では5秒後に何が起きるのかも分かりません。受験勉強をして覚えたことが「○○年後に役に立つかどうか?」なんて分かるはずもありません。

それなのに私たちは、いろんなことを無駄だと切り捨ててしまいがちです。それは非常に勿体ない。

というよりも、「今まで使ってきた時間が無駄だ」と考えること自体にメリットがあまりないと私は思います。

使った時間分、自分に利益が100%きっちり返ってくるように、なんてこと考えてもしょうがない。そんなうまい話、(私が知る限り)この世の中にはありません。

「将来使うことだけ」「将来役に立つことだけ」なんて不可能でしょう。

将来「社会がどうなっているのか」「自分がどんな仕事をしているのか」とか分からないことが多すぎるからです。

更に言うと、受験勉強に限らず「やってみて初めて分かること」というものがあります。

逆に言えば「実際にやらなければ分からないことが沢山ある」ということです。やる前に考えて想像できる範囲の世界なんて、やった後に見える世界と全然違ってることがほとんどです。

やらなきゃいけないから悩んでるんじゃない?

「受験勉強は役に立つのか?」って思ってしまうのは良く分かります。「勉強が嫌いなのに、なんでやらないといけないんだ?」と思う気持ちも分かります。高校生の頃の私もそうでしたから。

ただ、そんなことを大人や先生に質問したところで納得のいく答えは返ってこないでしょう。

「高学歴の方が社会に出る時に困らないから~」とか「受験勉強は大学での勉強の基礎知識として知っていないといけないから~」とか「受験勉強で頑張った経験は将来役に立つから~」

とかそんな感じの答えばかり返ってくるのではないでしょうか?

結局、大学受験で

「何故あんなにも不必要に思われる=実用的ではないと思われる科目」

を強制的に学習させられているのか、という問いに対して100%誰もが納得できる答えなんて無いと私は思います。

私が色々考えて考えて出した答えは「しょうがないから、やらなきゃいけないから」です

「なんで分かりづらい文章を読んで筆者の意見を考えないといけないのか」「なんで大昔の日本人が書いたつまらない文章を読まないといけないのか」「なんでネットで検索すればすぐに出てくる時代なのに歴史を覚えないといけないのか」「なんで日本人なのに英語を勉強しないといけないのか」「なんで座標平面上の2直線の交点を求めないといけないのか」…

疑問は尽きません。

色々と理由はあるでしょう。ただ、それらは全て後付けの理由に過ぎません。正直に言うと前の段落で私が書いたことも後付けにすぎません。

結局は私が思うに「しょうがない、やるしかない」からやっている人がほとんどだと思います。(勉強が好きな人もいますが、すべての科目が好きな人はなかなかいないでしょう。)

皆しょうがないからやっているんです。少なくとも私はそうです。

東大には受かりましたが勉強は好きではありません。ゲームとかスポーツとかカラオケとかの方がよっっっぽど好きです。

「もしかしたら受験勉強をすることに納得できるかもしれない」と思ってこのブログを今y稀ている方の中には落胆した方もいるかもしれません。

「別にやらなきゃいけない訳じゃないでしょ、社会には学歴なんか無くても成功している人なんていくらでもいるんだから」

と思う方もいるかもしれませn。

では、とりあえず考えてみてください。

「なぜ今自分は受験勉強をしている/学校で授業を受けているのか?」を。

周りがするから、親からしろと言われているから。色々理由があると思います。

では、次に受験勉強/学校での授業の受講を今実際にやめた場合にどうなるかを考えてみてください。

それで想像した未来が受験勉強をしている未来よりも確実に自分の人生にとってプラスになるように思われるのであれば、すぐに受験勉強/学校での授業をやめた方が良いと思います。個人的な考えですが、人生は1度きりなので後悔の無いように生きるべきです。

勿論、こんなこと考えたところで、受験勉強/学校での授業の受講をやめた将来に関しても不確定な要素ばかりではあります。

何故こんなことを書いたかというと

私が予想する限りでは、(少なくとも今このブログを読んでくださっている方は)現実的に受験勉強をやめようと思えるほどの気持ちは無いだろうと思ったからです。

恐らく多くの受験生は、受「験勉強をやめて夢を追い求めたり、好きなことをしたりする」よりも、「受験勉強をしてとりあえず大学に行く」ことの方が

安定していると思われる現実的な選択なのでは無いでしょうか?

ごちゃごちゃ書きましたが、要は

勉強する意味とか大学受験の意味とかを考えたところで結局、勉強したり大学受験したりせざるを得ない状況の人がほとんどなのではないか、ということです。私の場合はそうでした。

勉強をやらなきゃいけない。でも本当はやりたくない。ゲームとかスポーツとか他のことをしたい、好きなことをしたい。だけど、もし本当に全く受験勉強をせずに生きていくなんて、現実的には出来そうもない。親に迷惑をかけるだろうし、ゲームばっかりやってても将来食っていける気もしないし、スポーツやりたくてもプロになれる程の実力でもないし。やっぱ勉強しなきゃいけないのか…。

こんな感じのことを中高の時に考えてました。

勉強はしたくない。好きじゃないから。

だけど、他のことで生きていく自信も無いし覚悟も出来てない。

だからこそ、悩んでました。

この記事に辿り着いた方の中にも同じように思ってる方がいるんじゃないかと思います。

もし今の私がこの時の私に声をかけることが出来るなら

受験勉強しなきゃいけないのはしょうがないことだって自分で分かってるじゃん。悩む気持ちも分かるけど、やらなきゃいけないんだからあんまり深く考えすぎずにとりあえずやってみろよ。得られることもあるぞ。」

とこんな感じで声を掛けると思います。

やらない理由とやる理由

個人的な話をすると「受験勉強して意味はあるのか?」という問いについて浪人時に何度も何度も考えました。なぜなら浪人するということは、丸々1年間を全て受験勉強に費やすということですからね。

でも、何度も何度も考えたところで、浪人生活を始める時に、受験勉強に100%意味があると確信を持って言い切れる状態にはならなかったというところが正直な話です。

そして至った結論は、前の段落にも書いた通り、「しょうがないから」でした。

全て後付けではありますが、考えれば考えるほどやらなくてもいい理由が沢山出てきます。でも一方で、やった方が良い理由というのも同じくらい沢山出てきます。

これは受験だけではなく、あらゆることを実行するかしないか決める時でも同じです。

浪人生活で学んだことですが、悩むことはかなりのエネルギーを使います。

なぜなら、やる理由とやらない理由はいくらでも思いつくので、どちらの選択が良いのか白黒つけるのが難しくなるからです。

結局、私は浪人せざるを得ない状況になったので浪人しました。浪人する理由も後付けのものがいくらかあったかもしれません。

この20年間で感じたことですが

やらなきゃいけないことをやる時には、「何でやらなきゃいけないんだ」と考えて悩んだり、積極的にやらなくても良い理由を探したりするよりも、腹をくくって目の前の「やらなきゃいけないこと」を頑張ってやった方が自分のためになります。

やった方が良い理由は後付けでも良いので、やることを決めてから探した方が良いと思います。

なぜなら幾ら長い時間悩んでも、行動に移さない限りは何も得られるものが無いからです。悩んでいる間は何も行動していないので学ぶことは少ないです。

もちろん、悩むことは無駄では無いです。ですが悩みすぎてもしょうがないです。自分の頭の中だけで考えられることって、たかがしれてますからね。

受験勉強をしなきゃいけないなら

受験という目の前にある大きな壁にとりあえず挑んでみた方が得られることが多いのではないかというのが浪人開始時に出した私の意見です。

今、受験をしなきゃいけない状況にある受験生、悩む気持ちも分かるけど、とりあえず受験勉強を頑張ってみたら今までと違う世界が見えるようになると思います。

受験勉強に意味があるかは人それぞれ

「受験勉強って意味あるの?」って多くの人が一度は考えたことがあると思います。そしてその答えというのは様々あります。(今までの段落でも書いてきたとおり後付けの理由ではありますが…)

人によっては「全く意味がない」という人もいるし、「受験は人生を決めるくらい大事」だという人もいます。

なぜこんなにも受験に対して意見が分かれるのか? これは「受験がいかにその人の人生にとって重要であるか」が人それぞれ違うからでしょう。

例えば高校卒業後すぐにプロ野球選手になって大成功した人は「受験勉強は意味がない」と思っているでしょう。なぜなら、プロ野球選手として成功することに関して受験勉強が与える影響というのはとても小さいからです。

逆に難関大学に進学して予備校教師として大成功した人は「受験勉強には意味がある」と思っているでしょう。なぜなら、予備校教師として成功するためには、自分が受験勉強で成功を収めることが重要になってくるからです。

要は、受験勉強なんか全くやらなくても人生で成功を収める人もいれば、逆に受験勉強を頑張ったおかげで成功を収めることが出来た人もいるということです。

そのため、受験に意味はあるのかと問われれば「それは人それぞれ」という答えにならざるを得ません。

もちろん、学歴さえあれば本当に良い人生が待っているのかなんて分かりません。

ですが、(少なくともこのブログを読んでいる受験生とか)繰り返しにはなりますが

多くの人にとっては、大学受験を頑張っていい大学に入ることは、他の選択肢よりも確実に安定した未来を保障してくれるように思われるものなのでしょう。だからこそ大学受験塾や私のブログのようなものが成り立っているのです。

職人だったりアーティストだったりプロスポーツ選手だったり俳優だったり、学歴が無くても成功を収めている人も大勢います。学歴が無くても、大企業に勤めているそこらの学歴がある人より稼いでいる人もいくらでもいます。

逆にそういう人たちにとっては、恐らく大学受験で頑張ることよりも、もっと自分の人生が豊かになると思われる選択肢があったのでしょう。

「好きなことで生きていく」にも勉強は必要

なら、大学受験が必要ないスポーツ選手とかアーティストとかは勉強しなくていいのか、というとそれは完全に間違っています。結局、どの分野でも成功を収めるためには勉強を重ねて、泥臭く努力を続けていく必要があります。

はたから見たら、スポーツ選手とかアーティストとかって才能に恵まれているんだな~、天才なんだな~、運がよかったんだな~、としか考えないかもしれませんが彼らだって努力を見せないだけで、日々、超努力しまくっているはずです。じゃないと普通に考えて10年くらいプロとして第一線で活躍するのは無理です。

ここで言う勉強は受験勉強とか学校の授業だけではなく

「今まで出来なかった、知らなかったことを、出来るようにすること」という、もっと広い意味での勉強です。

努力して新しいことを常に取り入れるようにすることがどの分野で活躍するにも必要だと個人的には思います。

「好きなことで生きていきたい」

そう思うのは何も悪いことではないですし、むしろ当然のことだと思います。ですが、気を付けないといけないのは

「好きなことで生きていく」=「楽に生きていける」ということでは必ずしもないということです。

「好きなことで生きていく」で真っ先に思い浮かんだのがYoutuberのヒカキンさんですが、この記事(HIKAKIN、“専業YouTuber”の難しさ語る「ゴールのないマラソンのようなもの」)を見ればヒカキンさんが努力を怠っていないからこそトップそして走り続けられていることが分かると思います。

好きなこと「しか」出来ない人は成長しない

好きなことだけをやりたい、そう考えるのも当然のことです。

ですが、好きなことだけをして生きることは、ほぼ不可能に近いでしょう。

あなたが超大金持ちだったら可能かもしれませんが、この世界の99%の人には、好きなことだけして生きていけるほどの金も時間も能力も余裕もないでしょう。

「好きなこと」とは大抵「自分が既に出来ること」の場合が多いです。「好きなことだけをやる」というのは同時に「好きなこと以外はやらない」ということでもあります。

「自分のしたいこと」「出来ること」しか選ばないでいると

自分の出来ること、知っていることは少ないまま、狭いままです。そんな状態のままで成功出来る人はほぼいません。

自分の好きではないことは勿論やりたくないと思うものです。ですが、やりたくないことをやってみることで新たに知ること、新たに出来るようになることが増えます。好きではないこと、やりたくないことをやることを通じて、新たな可能性を広げることが出来ます。

成長することとは、今までできなかったことが出来るようになること、今まで知らなかったことを新たに知ることです。それこそが勉強です。

「自分の出来ること」「好きなこと」しかしないようでは、新しいことを学ぶチャンスは減ります。「自分が既に出来ること」しかやらないので

出来ないことを出来るようにする=成長するチャンスが少なくなるのです。

「好きなことで生きていく」にも、好きではないことをやらなければいけない場面というのは沢山あるでしょう。例えば野球選手になりたいなら、野球が好きなだけではダメで、たとえ嫌いでも厳しいトレーニングもしないといけない訳です。

繰り返しになりますが、どの分野でも成功を収めるためには勉強を重ねて、泥臭く努力を続けていく必要があると私は思っています。

そういう訳で勉強は生きる上では確実に必要なことだと思っています。運が余程良くない限り、楽に成功する道はそうそう無いということです

勉強とは?

繰り返しになりますが、勉強とは「今まで出来なかった、知らなかったことを、出来るようにすること」だと私は考えています。

そして、勉強するということには多くの努力が伴いますなぜなら「今まで出来なかったこと」「知らなかったこと」を出来るようにすることは物凄く大変なことだからです。

広辞苑(第六版)では勉強とは

  1. 精を出してつとめること
  2. 学問や技術を学ぶこと。様々な経験を積んで学ぶこと
  3. 商品を安く売ること

と書いてあります。(3番はこの記事での勉強の意味では無いので置いておくとして)

1番と2番の意味を見れば、勉強することとはどういうことなのかが分かります。

大学受験的な、教科書に書いてあることをひたすら覚えたり、複雑な計算が出来るようにしたりすることも勉強の一つの形ではではありますが、それが勉強の全てではないです。

受験勉強的な勉強に意味はあるのか?と問われた場合、個人的には「100%意味がある」とは言えないです。

もっと広い意味での勉強。つまり、知らなかったことを新たに知って前よりも広く、深く物事を知っていたり出来たりする、という行為には非常に意味があると個人的には思っています。

むしろ、人生の大半はこの広い意味での勉強の連続であって、意味があるどころか勉強していかないと周りにどんどん置いていかれると思います。学校生活でも仕事でも、何でもそうです。

勉強するということは新たなことを知るということであり、それはつまり成長するということです。

最後に。人生どっかで頑張らないといけない

生きている以上、誰でも苦しい時が訪れると個人的には思っています。

まだ20年しか生きてないですが、私にとっては、中高の部活動(運動部)と受験というのがツラい体験でした。そこで頑張った経験というのは今に確実に活きています。

もちろん、部活動を頑張ったとはいっても、大人になってからスポーツで食っていけるほど頑張れたわけでは無いですし、受験勉強で覚えた歴史の細かい知識とか複雑な計算とかも役に立っているとは言えません。

ですが、確実に役に立っていることもあります。なぜなら、受験や部活動で頑張ったことで、数えきれないほど新たなことを知ったり、新たなことが出来るようになったりしたからです。

広い意味での勉強が人生を生きていくうえで必要なことは上に書きましたが、受験勉強も勉強の一つの形ではあります。

受験勉強でやったことすべてが役に立つかは分かりません。ですが、受験勉強をすることで得られる知識や能力というものは確実にあります。
もし受験勉強をしないといけない状況にあるなら、受験勉強をとりあえず頑張ってみればいい。受験をし終えた時、受験をする前に見えていた世界とは多少なりとも違った世界が見えるようになっているはずです。

(もちろん、精神的に病むほど頑張らなくてもいいですからね!!)

好きなことだけしていても成長出来ません。

勉強が嫌いで、この記事にたどり着いたあなたは、きっと好きではないことにも頑張ってチャレンジしようとしているのだと思います。その「勉強しよう」「苦しいことでも頑張ろう」という姿勢というものは後の人生で絶対に活きます。

なぜなら、好きでないことでも頑張れる人は、好きなことしか出来ない人よりも成長する機会が確実に多くなるからです。

長々書きましたが、正直書いてみてブログを読んでくれた人が求めている話と自分が話したいことがズレまくっている気もします。完全に勢いで色々と書きました(笑)。
今までの駄文を読んで、結局受験とか勉強をする意味が分からんという方がいたら謝ります。完全に私の語彙力と表現力不足のせいです。

長くなってしまったのでここらで終わりにします。最後まで読んでくれてありがとうございました。

凡人。

スポンサーリンク
リンク広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
リンク広告

コメント

  1. りょう より:

    こんばんは。二回目の相談です。センター試験(特に国語)についてなのですが、過去問演習として追試をやるのはどう思いますか?(現時点で、国語、数学、日本史世界史は本試験だけで七年分くらいは解いてます)特にセンター国語の本試ならば、年度にもよりますが、大体は8割台(2014年などの難しい年では7割前半くらいまで沈みますけど)に収まります。が、追試をやるとボロボロで、7割くらいまで沈むことはザラで、8割まで行くことが少ないです…
    追試は本試験と同じくらいの難易度だから追試もやるべき、という意見と追試は本試験よりも難しいから別にやんなくていい、という意見が存在するので、どう判断するべきなのか知りたいです。また、仮に追試験をやる場合、本試験と比較して点数としてはどれくらいを想定して演習すれば良いでしょうか?凡人さんもセンター国語でめちゃくちゃ苦しんだ、というのを記事で知ったので、凡人さんの意見を伺いたいなと思って以上のような質問させていただきました。僕も、現役の時は解き方も安定してなかったので、本試験の過去問解いても大体7割止まりで、ヤバイ時は6割くらいしかいかず、神龍がいたならセンター国語だけ消しやる、とかずっと唱えるくらいめっちゃ苦しみました。今は解き方もきちんと決めて演習したおかげか、だいぶマシになりましたけど、まだ苦しんでる方だとは思います…
    長々と書いてすいません。よろしければ回答お願いします。

    • 凡人 より:

      りょうさん。こんばんは!丁寧に書いていただいてありがとうございます!!
      りょうさんもセンター国語で苦しんでおられましたか…。というか、ドラゴンボール好きなんですね(笑)私も神龍がいたら同じようにお願いしてたと思います。
      センター国語の追試は全体的に本試のものよりも難しかった印象があります。(といってもセンター国語の追試は記憶の限りでは10年分も解いてないです。)想定するべき点数に関してですが、本試でも難易度はコロコロ変わりますし、具体的に何点分追試が難しいかを断言するのは難しい、というのが私の見解です。ただ一応、主観的な感覚に基づくと、個人的にはセンターの本試で難しい方の年(全体の平均点が100点台のもの※90点のものも一つありますが笑)=センター追試くらいに思っておけば本番の対策としても使えるのかな~と思います。
      ですが、私の個人的な意見としては今の時期にセンター試験の得点を1点でも上げるなら、国語では無く国語以外の、日本史、世界史、数学、理科基礎を詰めた方が良いと思っています。なぜなら、センター国語の記事にも書いたのですが、やはりセンター国語は現代文において結局のところいくつかの問題で選択肢を絞り切れずに2択を直感で選ぶことになってしまいがちで、得点は運に左右されるところが大きいと思われるので、直前期に時間を費やした割に点が取れない、という状態にもなりかねないからです。現役時の私がまさにそうでした。逆に、日本史、世界史なんかは覚えてさえいれば確実に点は取れますし、数学は今からでも毎日解きまくれば数点伸びると思います。要は国語以外の科目の方がコスパが良いということです。もちろん、本番までに全く国語をやらないのも不安になると思うので、普通に本試の過去問をやるのも問題は無いと思います。ですが、センター国語の追試に関しては、私だったらセンター国語の追試をやる時間分、他のセンターの科目に使います。私の場合は、その方が点が伸びるからです。私はセンター国語の過去問を解きまくっても点が取れるようにならなかったので浪人時にこういう選択をしましたが、りょうさんの場合に国語の伸びしろがあるかどうかは分からないので、自分にとっての科目ごとのコスパを考えてどの科目に時間をかけるかを判断の基準にすると良いと思います。(国語に時間をかけて点が伸びそうなら、本試がある程度片付いてから、追試もガンガンやって良いと思います。)
      一応、予備校の模試よりは追試をやった方が本番に近いと思いますし、古文漢文に関しては現代文とは違って日本史とか世界史みたいに暗記に近い特徴があるので、センター国語の追試をやることで古文漢文の力は伸びるでしょうから、効果はゼロでは無いと思います。
      まあ、あくまでセンター国語に関しては私は他の受験生よりも圧倒的に出来なかったので何か学習方法に欠陥があった可能性がありますが(笑)。

  2. りょう より:

    前回同様丁寧な返信、ありがとうございます。過去問演習では、英語は大体9割台、数学は8割〜9割前半、社会は8割後半〜9割台、理科基礎も9割前半くらいですが、凡人さんは浪人時、この時期(大体センター2週間とちょっと前)くらいにはセンターの過去問をやるとどれくらいの点数が取れていたんですか?しつこくてすいません。覚えていればで構いませんので、良ければ教えて頂ければ幸いです

    • 凡人 より:

      全然しつこくないですよ(笑)。むしろ質問頂いて嬉しいです^_^
      各科目りょうさんと大体同じくらいでした。社会は追試じゃない時は平均で93,4くらいだったと思います。(大抵3つ難しい問題があって、それが当たるかどうかってイメージでした。)追試は難しかったので(特に日本史)は9割下回ることも2回/5回くらいあったと思います。数学は50分でやって8割後半~9割前半だったので、実際の試験時間と同じ状態だと9割~くらいですかね。英語に関しては195は取れると思っていたのでセンター直前の3日間以外は文法問題だけやってました。(結局英語は160点台でしたけど笑)理科基礎は過去問だと9割前半でしたが、予備校の問題だと9割下回ることも多かったですね。(特に予備校の模試は地学が難しい問題が多かったです。)
      直前期は、イメージ的には国語以外の科目でアベレージで9割を上回るようにすることを考えて過去問を解いてましたね。(国語の失点分を見越して、他の科目でカバーして9割を念頭においてました。)
      私の場合はセンター利用でいくつか私大の合格を取っておいて、二次試験まで精神的に余裕をもった状態で臨みたかった、二次試験の勉強が私大の入試分少なくなってしまうことを避けたかった、という理由からセンターに力を入れていました。
      りょうさんの場合は書いてくれた点数とか駿台のセンタープレで9割とかから考えるに、センターの対策は十分なのかもしれないですね。かなり良い点数だと思います!確かにこのくらいの点数ならセンター国語の追試をやっても良さそうですね。あとは二次試験で使える科目を重点的に勉強するとかですかね~。

  3. りょう より:

    凡人さん、こんばんは。センターが終わりました。2回目ですが、すっごい疲れましたねw総合点は782/900でした。数学がともに70点台前半と、むちゃくちゃ爆死したんですが、国語はちょうど8割、理科基礎は満点、英語(筆記)はほぼ満点、リスニングは44、世界史日本史ともに9割前半という感じで、他の教科が頑張ってくれた(?)お陰で、なんとか86.95%の得点率に止まれました。去年もうちょっと取りたかったんですけど、去年ならばそのまま合格していた点数であること(≒二次試験の巻き返しがある程度効く)や、現役の時から20点アップしてたこともあったので、現役の時ほど自己採点メンタルブレイクはしてないですね…w(数学の試験中、試験後は出来なさすぎて、一年間なんのために勉強してたんだろうって考え、泣きそうになりましたけど)
    さて、相談なのですが、明日、のセンターリサーチで、駿台(ベネッセ共催)と河合塾の両方に出した方が良いでしょうか?それとも片方だけにしとくべきでしょうか?凡人さんの意見を伺いたいです。前置き長くてすいませんでしたm(._.)m

    • 凡人 より:

      りょうさん、こんばんは。とりあえず、センター試験お疲れさまでした!かなり疲れていると思うので、まずは頑張った自分をほめて体を休ませてあげてください。数学で上手くいかなかったようですが、それでも合計で86%も取れているのはりょうさんの仰る通りに他の科目でカバーが出来たからであって、それは日頃の勉強の成果、1年間の浪人生活の成果に他なりません。立派な点数だと思います。特に国語と数学以外の暗記系の科目に関してしっかりと点が取れているのは自信持って良いと思います。もしかしたら数学が出来なかったことでメンタル的に多少ダメージがあるかもしれませんが、完璧に試験を受けられることの方が少ないので、あまり気にせずに行きましょう。(とはいっても1日で気持ちを切り替えるのは難しいと思うので、3日間くらい勉強を軽めにして少し休んでもいいかもしれないですね。)センター試験に関しては本当に、お疲れさまでした。
      さて、本題のセンターリサーチですが、私の場合は河合塾も駿台も両方とも出しました。スタンスとしては、両方とも同じ判定なら信じる、という形にしてました。片方だけにする場合は、判定が違っていて不安になるようなことは無いですし、1つだけ信じればいいのでメンタル的には片方だけの方が良いとは思います。確実に受かるセンター利用の私大を知りたいなら2つ出した方が良いと思います。(ただ、センターリサーチでA判定の場合はほぼ受かると思うので、片方だけでもそんなに支障は無いでしょう。)
      センターリサーチは、二次試験のある国立大に関してはあまり当てにならないので(二次試験で逆転可能なので)、京大の判定はほぼ無視で良いと思います。判定が分かれるのが嫌なら片方、確実に受かる大学を知りたいなら両方という判断基準で選べば良いと思います。
      最後に。今の時期はSNSやら周りの人との会話やらで他の人のセンターの点数を知りたくもないのに知ってしまうかもしれませんが、他の人の点数を気にしてもしょうがないので、今から二次試験まで、本番でセンター+二次試験の点数で合格最低点を越えることだけに集中して勉強していきましょう。極力、他人の点数の情報はシャットアウトしておくことを勧めます。国立の入試まではせいぜい1か月くらいしかないですから、センターの疲れを取った後は一心不乱に二次の対策をするのみです!あと1か月と少し、頑張っていきましょう!!

      • りょう より:

        返信ありがとうございます。念のため、両方に出しておきました。ところで、凡人さんはセンターリサーチはどれくらいだったんですか?もちろん、教えたくないのであれば、良いですけど…しつこくてすいません…

        • 凡人 より:

          しつこくないですし、謝る必要ないですよ(笑)。
          そうですね~。正直言うとセンターリサーチの具体的な結果はあまり覚えていません…。大体で良いなら、浪人時はMarchのセンター利用がAかBで、早稲田のセンター利用はDばっかりだったと思います。社会学部?だけ確かC判定でした。(国語と英語が悪かったのでセンター利用は上手くいきませんでした…)
          国立に関しては前期も後期もどちらも無視してました。(そもそも後期入試は実力的に無理だろうとも思っていたのであまり気にしていませんでした)

  4. りょう より:

    こんにちは。凡人さん。またまたりょうです(笑)。センターリサーチ(といっても、駿台のやつだけですが)がネットで見れました。文学部の判定はcよりのdでした。ボーダー上がってましたね…wさて、私は志望学部はこれまで文学部、としていたのですが、教育と悩んで、「まぁどっちかっていったらなぁ……判定出さなあかんし…うーん。」くらいで選んでました。英語なんかに興味も有りますが、実際言えば、教育にも同じくらい興味があります。私は、学校などでなんらかのトラブルを抱えた子達を1人でも減らしたい、とよく願っています。私は小学校の時、一生懸命何回頑張っても結果が認められずにある先生に何回も強く叱責されて、一時登校拒否になるほど精神的に追い込まれた時期がありました。ひどい時は、万一登校できたとしても、教室に入ると、そのことを思い出して訳もなく涙が出てきて、早めに帰る、ということもしょっちゅうでした。こんなのが四ヶ月ほど続きました。でも、とある先生に親も困り果てて僕のことをとある先生に相談した時、その先生はこう言ったそうです。「悩むのも全然良いと思いますよ。彼は彼なんです。登校が嫌。別に良いじゃないですか。気持ちの整理が出来てから来るのが一番ですよ。僕も学校来るのすんごい嫌だった時ありましたからねwでも、多分、なんらかの原因があるのでしょうが、それを彼は乗り越えていけると思います。僕はそういう彼を学校でずっと見てきました。彼は真面目だから悩む事も多いはずです。そんなに気にしないで下さい。今、悩んでいるのも彼らしいところであり、良いところです。彼のその姿をそのまま受け止めてあげるのも親御さんの仕事だと思いますよ。」この言葉を聞いて、親も私も僅かながら、救われ、その後一ヶ月程である程度登校できるまでになりました。まぁ、今も予備校の教室とかに入ると若干不安になったりするんですけど、気にする程のことではないです。長々と書きましたが(作り話っぽく聞こえますけど、本当の事ですw)、このタイミングで教育学部に志望を変えるのはどう思いますか?一応、ネットのシステムのもので教育のセンターリサーチをかけたところ、c判定でした。大変弱気な意見に聞こえるかもしれません。よろしければ回答お願いします

    • 凡人 より:

      りょうさん、こんにちは。そうなんですか…。辛い出来ごとがあったんですね…。受験関係無いですが、まずそんな良い先生に出会えたのが本当に喜ばしいことですよね。りょうさんの中にも、かつての自分のように学校で困っている生徒をあの先生が自分にしてくれたように助けてあげたいという気持ちがずっとあったんですね。そういう気持ちというものは将来の指針になるものだと思うので大切にしてくださいね。原体験ってやつですね。
      志望学部変更とのことですが、何も問題は無いと思います。特にりょうさんの場合は教育学部への動機がちゃんとありますし。
      個人的な話をすると、私もセンター試験が終わってから志望を文一から文二に変えました。今のりょうさんと全く同じ状況です。その主な理由としては、もともと法学部に興味がなかったからです。ですが、その他にも、少しでも受かる可能性が高い文二に変えようという動機もありました。親に決して安くはないお金を払ってもらって浪人させてもらっている自分が、親戚一同の期待もある中でもう一度落ちるわけにはいかないという思いもありました。
      落ちるのが怖くて志望校を変えるのだって、弱気になるのだって、私は別に何の問題も無いと思います。良くない判定が出ると弱気になってしまうのが普通ですよ。私は直前で志望校を変えましたし、弱気になりましたが結局受かりました。私の友達も同じように文一から文二に志望を変えて受かった人もいます。
      「志望校を直前で変える人は~」とか、ああだこうだ言う人もいますが、無視すればいいです。りょうさんは色々と考えて悩んだうえで志望校の変更を考えているのだと思います。志望校の変更をするかしないかはりょうさん自身が決めることですから、自分の思うままに決めればいいんです。とりあえず、私としては、このタイミングでの志望変更はアリです。
      なんか色々と偉そうに書いてスイマセン(笑)

      • りょう より:

        こんにちは。返信ありがとうございます!色々な方の意見や自分の将来の事も考え、出願は教育のほうにしました。
        今回も少し相談(?)をさせて下さい。京大は二次試験で国語を課しますが、その現代文についてです。過去問を解くにあたって、古文はある程度の自己採点は可能ですが、現代文は中々自己採点が難しいと思います。…ですが、はっきり言って、周りに信頼できる添削者がいません…自分のクラスを担当している講師に頼めば良いのかもしれませんが、一回添削を頼んだ時、その人は「添削は受け付けない。しっかり読めていれば自己採点もできる。」と言っており、断られました。「受験生が現代文の内容を完璧に理解するなんて無理でしょ…」とは思ったんですけどね…こう言う場合は、初めて会う講師でも良いから、その人に添削を頼むべきでしょうか?それとも自己採点で済ませるべきでしょうか?初めての人の場合、その人なりの方法論があるでしょうし、この時期に自分の方法論とごちゃ混ぜになってしまう事もあるので、ある程度のリスクはあるとは思いますが…
        凡人さんの経験なんかを踏まえて教えていただけると幸いです。

        • 凡人 より:

          りょうさん、こんにちは。そうですか、出願の変更、勇気のいることだったかと思います。本当にラストスパートという感じだと思いますが悔いのないように頑張ってください。
          さて、本題についてですが、まず私の意見を述べるとするなら自己採点で済ませるべきだと思います。理由は3つあります。まず1つに、りょうさんの仰る通り、今から新しい講師に添削を頼んだ場合に今までの解答スタイルが講師の好む解答にそぐわない場合があり、試験本番直前で現代文の解答に自信が持てなくなる可能性があります。次に、現代文という科目自体の性質として得点になるかどうかは運によるものが大きいと思われるので、わざわざ講師を探してまで採点を頼んでも労力分の点数の向上は期待できないと思います。最後に、そもそも直前期は、1か月で得点向上があまり期待できない現代文ではなく、短期間で点数が伸びそうな教科に全力を注ぐべきでしょう。
          詳しく説明してきたいと思います。この3つの理由の根幹にある考え方は「現代文の採点基準は受験生にも教師にも分からない」ということです。例えば各予備校の出している東大の現代文の解答例や赤本の解答例を見比べてみると、まあ現代文の解答というものはバラつきがあるものです。そして、どの解答が明確に優れているかは採点基準をつくっている問題の出題者にしか判断できません。(各予備校同士で他社の解答をボロクソに批判しているのは、受験あるあるな光景ですが笑)同じ問題を解いたとしてもその解答は、各予備校のプロである教師がつくった解答であるのに、バラつきます。これは現代文という科目の持つ、数学や社会とは明らかに異質な点です。多くの数学や社会の入試問題では客観的な解答が存在します。(東大世界史の大論述は解答がばらつきますが…)ですが、現代文にはそれがありません。絶対的な解答というものは存在せず、したがって、そもそも現代文の問題を自己採点すること自体が難しいことなのです。もちろん、現代文の記述式の解答でも、ある程度は「書くべき」ものはあります。現代文においては大きな方向性としての解答は存在しますが、その方向性の中に収まっている解答同士で優劣をつけることは、大学側の採点基準を知らない受験生や予備校教師には土台無理な話だと私は思います。個人的には現代文では、各問題で「書くべき」ことを外さないこと、問題の大枠から外れていない「及第点」の解答を書けるかどうかが重要であり、それさえできれば周りの受験生に点差を付けられることはなくなります。逆に言うと周りの受験生と現代文で差をつけられるかどうかは、正直、大学側が用意した採点基準に自分の解答がどれだけ近いか、に左右されるので、運任せだと思います。コンスタントに点を取ることは出来るけど、点を稼げるかどうかはギャンブルというのが入試における現代文だと思います。採点をする場合には、たとえプロの講師であっても、現代文においては「及第点」の採点までしか客観的な採点でなく、それ以上の評価をつける採点になると必ず採点基準に個人の主観が入ってきます。そして、その個人の主観による採点基準が大学側が実際に用意した採点基準にあっているのかどうかは誰にも分からないのです。
          正直に言ってしまうと、以上のことから、直前期に現代文を勉強するくらいなら数学とか社会をやった方が点の向上は見込めると思います。実際、私は浪人時も現役時も直前期には現代文はほとんどやらず、本番前の3日間だけ解いて感覚をわすれないようにするというスタイルでやっていました。(現代文の感覚を忘れないため過去問を解く、というのを完全に否定しているワケではなく、現代文の採点基準は不明瞭であり「及第点」までしか採点は出来ないので、あまりにも現代文の採点とか現代文で点を取ることに熱中しすぎないでね。という話です。)
          長々書きましたが、直前で自信をなくしたり解答のスタイルがブレたりするリスクを避けた方が良いこと、現代文の点は及第点以上は運任せなので勉強するコスパが悪くなるかもしれないこと、他の科目を勉強した方がギャンブル要素が少ないこと、以上の3点から自己採点で済ませるべきだと思います!!(特に周りに信頼できる採点者がいないなら尚更!)
          こんな感じでどうでしょう?